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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7749号 判決 1984年9月20日

原告

堀木敏郎

原告

堀木佐智枝

右原告両名訴訟代理人

酒井武義

被告

村上一男こと

李一男

被告

池内一彦

被告

藤山良治

右被告ら訴訟代理人

山本剛嗣

主文

一  被告村上一男こと李一男及び同藤山良治は、各自原告堀木敏郎に対し、九五七万円及び内金八七〇万円に対する被告村上一男こと李一男については昭和五三年一二月二九日から、同藤山良治については昭和五四年一月一九日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告堀木敏郎の被告村上一男こと李一男及び同藤山良治に対するその余の請求並びに同池内一彦に対する請求を棄却する。

三  原告堀木佐智枝の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告堀木敏郎と被告村上一男こと李一男及び同藤山良治との間においては、原告堀木敏郎に生じた費用の三分の二と被告村上一男こと李一男及び同藤山良治に生じた費用を一〇分し、その一を被告村上一男こと李一男及び同藤山良治の負担とし、その余を原告堀木敏郎の負担とし、原告堀木敏郎と被告池内一彦との間においては、原告堀木敏郎に生じた費用の三分の一と被告池内一彦に生じた費用は全部原告堀木敏郎の負担とし、原告堀木佐智枝と被告らとの間においては、全部原告堀木佐智枝の負担とする。

五  この判決は、第一、四項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被告らの施術行為と施術後の原告敏郎の症状

原告敏郎が昭和五二年一二月三日及び同月五日にセンターに来院した事実は当事者間に争いがなく、<証拠および>鑑定の結果を総合すると以下の事実が認められ<る。>

(1)  原告敏郎は、昭和一二年一二月一二日生まれの男性であるが、二〇歳くらいの時に腰痛の経験があり、脊髄造影検査を受診したことがある。

(2)  原告敏郎は、昭和五二年一〇月一六日に、宮崎から大阪へ単身で転勤して、約一週間後に風邪をひき、それが回復したころ、腰から左足にかけてつつぱつた感じのする腰部の痛みが発生した。

原告敏郎は、同年一一月一七日に、腰痛の治療のため、自転車で安田病院を訪れ、同病院において、安田貴恒医師により、ラセーグ検査、ブラガード氏症候検査、触診、X線撮影等の検査を受け、その結果、ラセーグ両側陽性で三〇度、ブラガード徴候陽性、脊髄硬膜の破損の可能性は不明で、油性の脊髄造影剤の残像がX線撮影時に見られるということであつた。また、当時の原告敏郎の自覚症状としては腰痛及び左大腿より不腿の背側に牽引痛があつたが、知覚障害はなかつた。以上の結果、原告敏郎は、椎間板ヘルニアの疑いがあり、根性坐骨神経炎であるとの診断を受け、腰部に湿布及び、痛み止めの注射二本の治療を受けた。

原告敏郎は翌一八日、安田病院で問診を受け、その結果、前日より痛みがやわらいでいる様子だつたため、湿布をして、アリナミン注射を射つてもらつて治療を終えた。

(3)  その後、約一週間は、原告敏郎の腰痛はおさまつていたが、同年一一月二〇日前後に腰痛が再発した。

そのため、原告敏郎は、会社を休業して一一月二六日より一二月二日まで、山根漢方鍼灸科院において、問診、ラセーグ検査、X線撮影等の検査を受けたが、受診時の症状は、左下肢痛、下肢足先のしびれ、第一仙椎部に知覚異常があり、ラセーグは左右五五度、両足を伸ばして寝た時に右足の膝関節が浮いてしまう状態であつた。

(4)  そのころ、原告敏郎は、入浴中に激しい腰の痛みを感じたこともあり、日常生活が不便なため、一一月二八日に兄嫁にあたる昌子に来てもらい、身の回りの世話をしてもらうことにした。

当時、原告敏郎は、第五腰椎部と仙椎部間の椎間板ヘルニアの状態であつた。

(5)  原告敏郎は、一一月三〇日に、自宅のテレビで、カイロプラクティック療法による腰痛の治療を行つているセンターの存在を知つた。カイロプラクティック療法とは、手又は器具を用いた手技を基本とする治療法であり、米国で開発されたもので、米国には、カイロプラクティック療法を教授する大学も一九校位存在するが、我国ではまだ養成所も一か所しかなく、法的な規制はなく届出も必要とされていない。

原告敏郎は、一二月二日に電話で確認の上、翌三日午前八時ころ昌子運転の車でセンターへ赴いた。原告敏郎の症状は、この当時、昌子の肩につかまつて何とか歩行できる程度であつた。

被告藤山は、治療室において、原告敏郎を問診した結果、椎間板ヘルニア、坐骨神経痛と診断し、原告敏郎に粘土状のものを暖ためて、患部に乗せ、筋肉の緊張をほぐす治療法であるホットパックを施したうえ、施術台に仰臥させ、ラセーグの検査、触診等の検査を行なつてから、センターの従業員二名に原告敏郎の両足を押えさせた上、原告敏郎の後方より背中をもち、回転させようとしたが、原告敏郎が痛みを訴えたため、サロメチールを塗布して治療を打ち切つたが、その際、継続して来院するよう忠告した。

(6)  原告敏郎は、一二月五日午前八時過ぎころ、昌子運転の車で再びセンターを訪れた。

被告藤山は、治療室で、原告敏郎に、前同様ホットパックを施したうえ、施術台に伏臥させ、腰部を押さえていたが、ついで仰臥させて、原告敏郎の左足の膝に手をおいて、左の足首の下から左足を持ち上げ、顔の方向へ仰臥していた身体に対して少なくとも九〇度以上急激に曲げ、その瞬間、原告敏郎は、体内に激痛が走るのを感じ、放心状態になつて施術台上で臥つていた。この治療中、他の患者の治療のため付近にいた被告村上は、被告藤山と交代し、原告敏郎を横臥させ、腰椎及び臀部をさすりながら、原告敏郎としばらく雑談した後、治療を終了した。

原告敏郎は、センター従業員の付添いで車まで運び込まれ、昌子の運転する車に乗つて、午前九時三〇分ころに帰宅した。

(7)  原告敏郎は、帰宅後、三、四時間睡眠の後、ほとんど尿が出なくなつたため、翌六日に一回、七日に二回にわたり上野医院において導尿を受けた。

(8)  原告敏郎は、一二月八日に松下病院において導尿を受けた後、同病院整形外科の勝見泰和医師による問診により、第一仙椎部以下の知覚障害が判明し、X線撮影等の検査を受けた上、即日入院を指示され、入院した。なお、この当時の検査結果では、原告敏郎の髄液の圧力は正常で、クエッケンステット現象も正常であつた。

原告敏郎は、入院から二、三日後、脊髄造影法によるX線撮影検査を受けたところ、腰椎の変性が認められ、造影剤が第五腰椎部以下に流れない状態で、造影剤の漏出がみられたことから、切開手術を行なうことに決定した。

手術前における原告敏郎の知覚障害は、七日には、第五腰椎部以下の知覚脱出、八日には、尿閉、両第一仙椎部知覚鈍麻、両第二仙椎部以下知覚脱出、筋力は、第一趾の背屈はよいが、第二ないし第五趾の背屈は低下、立位は痛みのため不可能、アキレス腱反射は両側低下、しびれ感は左下肢、痛みは右下肢に限られている状態であつた。

(9)  原告敏郎は、一二月一六日に、同病院整形外科部長立沢喜和医師の執刀により、腰椎椎弓切除手術を受け、腰椎の四の一部、五の全部、仙椎の一の一部の椎弓切除がなされたが、その手術の結果、馬尾神経が周囲の組織と硬膜外腔でも癒着しており、馬尾神経が第五腰椎部のレベルで一部断裂していることが判明した。

原告敏郎は、その後昭和五三年六月三日まで、同病院に入院して治療を受けたが、翌四日退院し、別府で約一か月間リハビリテーションを受けた後、同年七月一六日に会社に復職したが、その後も通院治療中である。

現在、原告敏郎は、両下肢麻痺による歩行困難(約一〇〇〇メートルは歩行可能)、膀胱直腸障害、性機能障害の各症状を残している。

二原告敏郎の障害の原因

(一)  現在、原告敏郎が、両下肢麻痺による歩行困難、膀胱直腸障害、性機能障害の各症状を残していることは前記認定のとおりである。

(二)  原告両名は、本件施術行為により、原告敏郎の馬尾神経が切断され、その結果、両下肢麻痺による歩行困難、膀胱直腸障害、性機能障害の各身体障害が生じたと主張する。

前記認定事実によれば、本件施術後、原告敏郎に脊髄症状が急激に発生したこと、松下病院における脊髄造影法による検査で、造影剤の漏出像が見られたこと、松下病院における手術で、原告敏郎の馬尾神経の断裂が判明したことが認められる。そして、<証拠>によれば、原告敏郎の如く馬尾神経に強い癒着が存在する時や基礎疾患がある人の場合は、足を伸ばした状態でつま先を頭の方へ急激に曲げることによつても馬尾神経が断裂する場合がありうることが認められる。

しかし、他方、<証拠>によれば、本件施術後の原告敏郎の脊髄症状は椎間板ヘルニアの増大によつても説明しうること、造影剤の漏出部位は腰椎脊椎管の左側附近であつて、造影剤の注入時に刺入レベルから造影剤が漏れることもあること、マニュピレーションによる急激な左下肢挙上によつて生じる馬尾神経の損傷は椎体、脊椎骨盤の骨折や脱臼等の支持組織の損傷が併存するのが通常であつて、馬尾神経の単独損傷はほとんど考えられないこと、脊髄、馬尾神経、神経根部の手術では慎重にやつても、何時も神経損傷の生じうる可能性があること、硬膜周辺に癒着があり、馬尾神経も癒着することにより、原告敏郎の硬膜の穴の位置よりも中枢側で硬膜が脊柱管に固定され、中の馬尾神経も同様硬膜に固定されている状態の場合、下肢の挙上により馬尾神経の断裂が生じることはありうるが、その場合は、脊柱管後方要素(黄色靱帯、棘上靱帯、棘間靱帯、関節包、筋膜や筋肉など)の断裂もあわせて生じることになるところ、原告敏郎の脊柱管後方要素の断裂の形跡は存しないこと、の各事実を認めることができ、以上に照らして考えると、前記認定の事実と、<証拠>だけからは、原告敏郎の馬尾神経断裂が本件施術行為によつて生じたものと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  次に原告敏郎の前記身体障害の原因が、馬尾神経の断裂を伴わない本件施術行為によるものかどうかについて判断する。

(1)  尿閉(膀胱障害)について

前記認定事実によれば、尿閉は、本件施術行為前には存在せず、本件施術行為直後に発生した症状であることが認められる。そして、<証拠>によれば、背骨自体に変化がある場合にカイロプラクティック療法等の民間療法で乱暴な処置をすると骨がこわれてそのため両脚がきかなくなつてしまつたり、尿が出なくなつたりする症例がしばしばみられること、原告敏郎は、前記のとおり本件施術行為前には、第五腰椎部と仙椎部間の椎間板ヘルニアの状態であり、右ヘルニアの状態の時に強く下肢を挙上し、腰椎にも他動的な運動を強いることはヘルニアをさらに増大させ、尿閉を発生させる可能性があること、特に、原告敏郎は、前記のとおり一九年前から腰痛があり、高度な椎間板の変性がみられ、無痛性の姿勢を強制的に矯正することにより椎間板ヘルニアを増大せしめたことが認められ、以上の事実を総合すれば、原告敏郎の尿閉は本件施術行為によつて惹起されたものと推認することができ<る。>

(2)  両下肢麻痺による歩行困難、直腸障害、性機能障害について

前記認定事実によれば、原告敏郎は、本件施術行為前には、第五腰椎部と仙椎部間の椎間板ヘルニアの状態であつたことが認められるところ、前記鑑定結果によれば、原告敏郎の両下肢麻痺による歩行困難、直腸障害、性機能障害の各症状は、第五腰椎部と仙椎部間の椎間板ヘルニアの悪化によつて生じた可能性もある事実を認めることができる。

しかし、他方、前記認定事実によれば、本件施術行為後に、原告敏郎に尿閉の症状が発生したこと、松下病院における手術の結果、馬尾神経の断裂が判明し、原告敏郎の両下肢麻痺による歩行困難、直腸障害、性機能障害の各症状も右手術後に発生したことが認められる。そして前記鑑定結果によれば、馬尾神経が第一仙椎部で切断されれば、尿閉以外に、排便障害、性機能障害、陰部の感覚障害、筋弱力による歩行障害が生じることになるが、前記のとおり馬尾神経の断裂は、本件施術行為に基づくものとはいえない事実を認めることができ、これらの事実に照らして考えると、前記事実から、原告敏郎の両下肢麻痺による歩行困難、直腸障害、性機能障害が本件施術行為により、しかも馬尾神経断裂以外の原因によつて生じたものと推認することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

三被告らの責任

(一)  被告らの不法行為責任

(1)  <証拠>を総合すると以下の事実が認められ<る。>

(イ) 被告村上は、柔道整復師の資格を有しているが、昭和三九年ころからカイロプラクティック療法を学び、同四三年ころから、カイロプラクティック療法による治療を始めた。

被告村上は、センターの他にも、柏、渋谷、荻窪、蒲田、名古屋等にセンターと同種の施設を有しており、経営形態は、被告村上の個人経営、被告村上と同池内の共同経営又は、有限会社組織である。

センターは、被告村上と同池内の共同出資による有限会社組織となつているが、被告村上が主宰して治療にあたり、新聞広告等においても被告村上を中心として宣伝しており、原告敏郎の治療の際にも、被告池内はセンターに不在であつた。

(ロ) 被告藤山は、約半年程前から被告村上からカイロプラクティック療法を学び、センターにおいては、ホットパックやバイブレーター等を行なう被告村上の助手であるが、これまでに坐骨神経痛や椎間板ヘルニアの治療にあたつたこともある。

(2)  被告藤山の不法行為責任についてみると、右認定の事実によれば、被告藤山は医師ではないが、腰痛等の治療業務に従事する者として、前記認定のとおり、原告敏郎の痛みの箇所を事前に問診し、敏郎の後方より背中を持ち回転させようとしただけで痛みを訴えるなど単純な腰痛でないことは高度の医学的知識によらずとも知り得ることであるから、当分の間はホットパック等による治療を続け、原告敏郎の腰痛がカイロプラクティック療法による治療を超えた疾患によるものかどうかの経過観察をした上で治療行為をなすべき業務上の注意義務があつたというべきである。しかるに、被告藤山は、右義務に違反して、経過観察をしないまま、原告敏郎の左下肢を急激に挙上した過失があり、その結果、原告敏郎に尿閉を生ぜしめたのであるから、被告藤山の行為は民法七〇九条の不法行為に該当するといわねばならない。

(3) 被告村上の使用者責任についてみると、右認定の事実によれば、センターが有限会社組織であるとしても、それは単なる藁人形に過ぎず、実質的には、被告村上の個人経営とほとんど変わるところはないのであり、被告村上と同藤山との間に実質的な指揮監督関係があつたことは明らかであるから、被告村上は、実質的な被告藤山の使用者というべきであり、前記認定のとおり、被告藤山は、センターの事業の執行として本件施術をしたことが認められるから、被告村上は民法七一五条により被告藤山が原告敏郎に加えた損害を賠償する義務がある。

次に、被告池内の使用者責任についてみると、仮に原告両名の主張のように、被告池内がセンターの建物の賃借名義人となつており、本訴提起前には被告村上と共に原告敏郎との交渉にきた事実が認められるとしても、前記認定のとおり、センターは有限会社組織となつており、その実体は被告村上の個人経営とかわりがないものであるから、被告池内と同藤山との間には指揮監督関係があつたものと認めることはできないのであつて、被告藤山の使用者あるいは実質的な使用者ということはできず、他に、被告池内と同藤山との間に使用関係を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告池内が被告藤山の使用者として使用者責任を負うものということはできない。

(二)  被告池内の債務不履行責任

被告池内がセンターの主宰者と認め難いことは、前記認定のとおりであつて、本件全証拠によつても、原告敏郎が被告池内との間において、原告両名主張の診療契約を結んだことを認めることはできない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告池内には債務不履行責任を認めることができない。

四原告両名の損害

(一)  原告敏郎の障害

前記認定のとおり、原告敏郎は現在、両下肢麻痺による歩行困難、膀胱直腸障害、性機能障害の各身体障害を有しているが、この障害のうち、本件施術行為との間に因果関係が認められるのは尿閉(膀胱障害)だけである。

(二)  損害額

(1)  原告敏郎の逸失利益

<証拠>によれば、原告敏郎は、本件施術行為当時、松下電器産業株式会社炊飯器事業部営業課長として勤務していたところ、本件施術行為後、前記治療のため休業し、昭和五三年七月一六日に同会社に復職したが、その役職は、本件施術行為以前と同様の営業課長であること、原告敏郎の昭和五二年度の収入(支払金額)総計は六一九万一七二〇円であり、昭和五六年度の収入(支払金額)総計は約七六〇万円であること、原告敏郎が前記身体障害を有するため、給与中の職務加給の点で他の健康体の同僚に比べて不利益を受けている事実を認めることができ<る。>

そうすると、原告敏郎は、損害発生前と同一の役職につき稼働して損害発生前と同程度の収入を得ているのであるから、原告敏郎が前記身体障害により労働能力が減少していたとしても、その他特段の事情の認められない本件のもとにおいては、前記身体障害のために得られなくなつた前記認定にかかる職務加給額をもつて原告敏郎の逸失利益と認めるのが相当である。しかし、本件全証拠によるも、原告敏郎が前記身体障害により得られなくなつた職務加給額を算定することはできないから、慰藉料で斟酌することとし、原告敏郎の逸失利益としてはこれを認めることはできない。

(2)  原告敏郎の慰謝料

前記のとおり、逸失利益の存在は認められるものの、額が不明なため結局、原告敏郎に逸失利益が認められないこと等をあわせて考慮すると、原告敏郎の膀胱障害という後遺障害についての慰謝料は、八〇〇万円と認めるのが相当である。

また、原告敏郎は、前記認定のとおり、昭和五二年一二月八日に松下病院に入院し、同五三年六月四日に同病院を退院するまで同病院で治療を受け、退院後も、昭和五八年三月四日現在まで通院治療中であることから、本件施術行為と因果関係の認められる膀胱障害の入通院慰謝料としては、七〇万円が相当である。

従つて、原告敏郎の慰謝料は八七〇万円となる。

(3)  原告佐智枝の慰謝料

本件施術行為と因果関係の認められる原告敏郎の後遺障害は、膀胱障害にとどまるのであり、いまだ生命を害されたにも比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合に該当するものとはいえないから、原告佐智枝には慰謝料請求権は認められない。

(4)  原告両名の弁護士費用

原告敏郎の慰謝料額八七〇万円の一割の八七万円を相当因果関係にある損害と認める。<以下、省略>

(福永政彦 森宏司 神山隆一)

別表<省略>

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